2024年が始まりました。今年初のブログです。 2023年末、前回書いたように母の意識が戻りません。 いやや。悲しすぎる。と日々嘆くばかりです。 また、1月1日元旦の16時ごろ、石川県の大震災がありました。 妻の母がうちまで避難してきましたが、妻と妻の母がけんかになり、すぐに石川に帰りました。とりあえず元気で何よりです。 さて、株ですが商船三井があがっており、今月だけで20万円ほど利益を確定させました。 iSpaceは徐々に上がってきている、と思います。 それでも現在含み損が100万円くらいあります。はやく上がってほしい。 仕事についてですが、とりあえず続けていこうと思います。 前回も書きましたが、母が言っていたことですので。 また、「家ついてっていいですか」という番組の中でシステムを構築するのを趣味にする人がいました。その人はコンピュータを仕事にしてもよかったかもしれないが、「(今の)仕事をすることで生活の基盤ができたのでよかった」と言っていました。 自分にとって、本望なのかそうではないのかは分かりません。ただ、「生活の基盤がある」というのは本当にありがたいことなのだと、しがみつくべきでしょう。 それは分かります。 定年まで見据えた場合、今年度は1年生の1学期です。来年度は1年生の2学期です。6年生の3学期には定年します。よくわからないカウント方法だと共いますので、イメージしているのはこんな感じです。 2040年まで元気にがんばるぞ! 今年も「株しか勝たん!」よろしくお願いいたします。
母が突然倒れました。 大分県の国東のとても田舎に父と二人でいました。 父との会話をしていた母が、急に具合が悪くなり意識がなくなったそうです。 救急車で別府の医療センターへ運ばれました。 私はその連絡を兄から聞きました。 12月14日(木)の深夜1時40分頃でした。心配になりました。 次の日、どうするべきか迷いましたが仕事に行きました。 再び兄から連絡がありました。 ・母の脳に出血がある。 ・高血圧などの症状はなく原因はなぞである。 ・アルツハイマーの元のアミロイドベータというたんぱく質の蓄積によって出血が起こることがある。それではないかと考えられるが、はっきりとは分からない。 ・2~3日の様子を見ることだ。 ということでした。自分なりには最後の「2~3日が『峠』」と解釈しました。涙が止まらなくなりました。仕事の段取り区切りをつけて帰ることにしました。 そのとき、何人かの同僚や管理職にはやさしい言葉をかけてもらいました。 帰って、妻と相談しました。葬式がすぐに始まるのではないかという雰囲気で話しました。 本当に「葬式」ということが確定していれば新幹線で帰ったかもしれません。 しかし、はっきりとした病状が分かりませんでしたし、妻と子どももどういう経路で来るかわからない状態でした。 とりあえず、車で向かうことにしました。 もし、あとで妻と子どもが来ても移動などの対応ができると思ったからです。 大分に向かう車内で何回も涙を流しました。途中山陽道が通行止めで中国道に迂回しました。 18時40分に兄と兄嫁、父と合流し病院につきました。 母に話しかけたり触ることができました。 母は普通に眠っているみたいでした。しゃべりかけたら起きてきそうな雰囲気でした。 しかし、意識は戻りませんでした。 ここで、ひとつ核心を記しておきます。 生きてさえすればいい。 元気でいればいい。 それ以外はどうでもいい。 こう思いました。自分の死生観に大きな変化がありました。母が教えてくれたんだと思いました。 父と実家に帰りました。途中でスーパー銭湯に寄りました。 家に帰って布団に入りました。しばらく涙が止まりませんでした。 次の日12月15日(金) 母の妹の叔母が来ることになっていました。 母は叔母と電話でお話するのが大好きでした。 面会できるのは、1度に2名まででした。 朝、父と私の2人で母に...